吉田真理さんの絵画「ある子供達」は、FAXの感熱紙に記された情報が時間と共に徐々に消え去るような作品で、薄ぼけた人々のイメージは、遥か彼方の過去の記憶の痕跡ともいえる。現段階では、良いのか悪いのかを判断しにくい作品であったが、気にかかる、心に引っかかる絵画であるには違いない。それは、観る者にとって今までにない不思議なイメージを与えているからだ。
松川はりさんの絵画「拡張する意識」は、ほんの数時間、記憶を失う体験を通して彼女がアナザーワールドへの旅へと誘ってくれるものだ。意識と無意識の間に存在する浮遊するような世界を描く。彼女なりの世界観とスタイルは、安定し確立しているようだ。
アメリカ人のマイケルJ.ミグリアーチさんの映像と絵画「The Digital Age」を並列させた作品は、絵画が彼の日本の印象を語った作品であるのに対して、映像は20世紀のアメリカ戦争史のようでもあり、矩形のモザイク模様と記録フィルムとの画面構成と展開が、これまで隠蔽されてきた戦争の歴史を物語って非常に興味深い。
勝正光さんのワトソン紙を鉛筆のみで真っ黒に塗りつぶして行く作品「鉛筆か何か」、田中幹さんのスタンプを綿布に繰り返し、繰り返し押し続ける作品「Stamp Work-007」、井川優子さんの小さな離島地形図の等高線を太陽光線で一点一点焼きながらなぞったイギリスのロジャー・アクリング風作品「栄螺島」、立野陽子さんの自然を形づくるものが連鎖していくイメージを描く「forest」。これらの作品は、彼、彼女らの美意識と美学に貫かれ、時間を作品に取り込みながら、ある聖なる空間を創出させている美しい作品だった。
細田聡子さんの絵画「2007.8_3」は、描く対象やイメージを持たずに描かれた作品という本人からの解説があったが、彼女の使う色は日本固有の色彩が多く、日本の風景を観る者に想像させる。
吉田宜代さんの作品「ひつじが見た夢」は、版画作品を拡大したイメージを持つ大作で、総天然色オールカラーの白昼夢を観る者にも感じさせてくれる力を持つ作品だった。
岸本幸三さんの山の痕跡を記号化した絵画「mountainous-traces」は、いわゆる「ルビンのツボ」のように画面の地と図が反転することで、山脈とは違ったイメージを観る者に与える。眼の不思議、錯覚による新しいイメージの創出を感じさせた。
笹田晋平さんの釈迦と鮭をかけたシャレ絵画「シャケ涅槃図」は、優れた描写力を持つ。さらに、このシャレ絵画が説得力を持つには、持続力と作品量がモノを言う。今後のさらなる展開を期待したい。